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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和55年(う)80号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年八月に処する。

原審未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

押収してあるポリ袋入りフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩一七袋を没収する。

理由

一  本件控訴の趣意は、福井地方検察庁検察官谷本和雄名義の控訴趣意書(名古屋高等検察庁金沢支部検察官検事有村秀夫名義の控訴趣意書提出書の別紙)記載のとおりであるから、ここにこれを引用するが、その要旨は、本件公訴事実は、「被告人は、法定の除外事由がないのに、営利の目的で、昭和五四年一一月一五日午前一〇時ころ、福井市《番地省略》Aビル二階B企画ことB組事務所において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩粉末約一六・九三五グラムを所持していたものである。」というのであるところ、原判決はその証拠物である覚せい剤は、右日時場所において、警察官が、被疑者Cに対する傷害被疑事件で使用された角材を差押えるべきものとし、B組事務所を捜索すべき場所とする捜索差押許可状(以下、本件令状という。)に基づき同所を捜索するに際し、その場に居合わせた被告人に対し職務質問をし、本件令状の発付を得ていたのに乗じ、これによってあたかも被告人の身体をも強制的に検査できるかのような言辞を用いて被告人に違法な心理的拘束を加え所持品検査として許される限界を逸脱して強制の処分に及び、憲法三一条、三五条、刑事訴訟法二一八条一項の所期する令状主義の精神を没却する重大な違法手続により収集された物であり、弁護人がこれにつき最終的には違法収集証拠であることを理由にその証拠能力を争う以上、その証拠能力を否定すべきで、更に右物の存在を前提として作成された鑑定書や捜査報告書類もその証拠能力を否定すべきものであるとしてこれらを排除したうえ、捜査段階及び原審公判廷における被告人の自白はこれを補強するに足りる証拠が存しないので、結局犯罪の証明がないことになるとして被告人に対し無罪の言渡しをしたが、しかし、(一)捜索差押の際、その立会を求められた被告人の挙動が不審でかつ同人につき覚せい剤密売の情報もそれまでに得ていたこと等から被告人に対する覚せい剤使用ないし所持事犯の嫌疑が濃厚となり、小川警部補が警察官職務執行法二条一項に基づいて被告人に対し職務質問をし、所持品の提示を求めたところ、被告人が事務所外に退出しようとし、あるいは落ち着きのない態度を示したりしたため、同警部補が被告人を落ち着かせ、所持品提示要求に応じさせようと「捜索令状で捜索にきている。」と説明したもので、被告人の身体に対する捜索をほのめかす意図など全くなく、被告人自身も右説明を誤解することなく、所持品検査に応じたので、古谷巡査が被告人の背広上衣を検査しその左側内ポケット内から本件覚せい剤在中の小物入れを取り出したものであって、同巡査らの所持品検査は適法であり、仮に被告人が小川警部補の前記説明を捜索の申し向けと誤解したとしても、本件所持品検査の必要性、緊急性、侵害される被告人の利益と保護されるべき公共の利益との権衝等を考慮すると、結局本件所持品検査は適法で、これに引き続く被告人の現行犯人逮捕及びその現場での覚せい剤差押も適法であるから、原判決は事実を誤認し、所持品検査に関する警察官職務執行法二条一項の解釈適用を誤ったものであり、(二)仮に、証拠物の収集手続に違法があったとしても、前記各事情に徴すれば、それが憲法三五条の令状主義に反し、あるいはその精神を没却するほど重大なものとはいえないのに、原判決が右証拠物の証拠能力を否定したのは、最高裁判所の判例に反し、憲法三五条、刑事訴訟法二一八条等の解釈適用を誤ったものであり、更に、(三)原判決が被告人、弁護人に何らの異議なく適法に証拠調べを終えた覚せい剤及び鑑定書等の証拠能力を後に否定したのは、最高裁判所の判例に違反し、採証法則に関する訴訟手続の法令に違反したもので、以上の訴訟手続の法令違反(手続的事実の誤認を含む。)が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

二  所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、関係各証拠によれば、本件覚せい剤の差押の経過は次のとおりであることが認められる。すなわち、

(1)  福井県警察本部防犯課生活係長警部補小川憲彰は麻薬、覚せい剤事犯及び経済事犯の捜査等を担当しているものであるが、暴力団山口組系D組内B組所属の被告人についてかねて覚せい剤を取扱っているとの風評を聞いていたところ、その後更に被告人が福井市内において茂森某に対し覚せい剤約三〇グラムを譲渡したとの具体的情報を得、被告人に対する覚せい剤事犯の嫌疑を深めていた。

(2)  ところで、福井警察署刑事二課捜査第四係は、被疑者CことC'に対する傷害被疑事件の凶器として使用された角材を差押えるため、捜索場所を暴力団山口組系D組内B組事務所とする本件令状の発付を得て、その執行を昭和五四年一一月一五日に行うことに決し、同組組員による妨害の虞もあること等から他係警察官等の応援を求め合計八名で捜査班を編成し森越忠警部補の指揮のもとに、同日午前九時二〇分ころ、B組事務所に赴いた。

(3)  右捜査員らは、B組事務所に到着したものの、施錠され人気がなかったので、捜索差押のため同組組員の立会を得べく付近駐車場で約三〇分待機するうち、被告人が同事務所内に入るのを目撃し、森越警部補を先頭に順次同事務所内に入るや、事務所中央部の応接セットに座って架電していた被告人が「何や。」と聞くので、森越警部補が「ガサで来た。」と答え、被告人が更にその内容を問うので、同人に対し約三メートル離れた位置から本件令状を示しながら、「Cの件で事務所を見せてもらう。」旨告げるとともに捜索差押における立会いを求めるや、被告人は俄かに顔色を変えて電話を切り、「分かった。分かった。勝手に見てくれ。うらちょっと用事がある。」と言って慌てて退室しようとしたので、同警部補において重ねて立会方を説得したのに、被告人は「小便がしたい。」と述べて同警部補の横を抜けるようにして更に退室しようとした。同警部補はその落ち着きなく、少しでも早く事務所外へ出ようとする被告人の態度から何か違法な物件を所持しているのではないかとの疑いを抱いた。

(4)  そのころ、事務所出入口付近にいた伊藤昇巡査部長及び小川警部補らも被告人に対し捜索差押に立会するよう説得し、更に小川警部補は前記情報を得ていたので顔色も青ざめ狼狽している被告人が覚せい剤を所持しているものと直感し、「シャブ臭いぞ。」と言うと、被告人は「シャブ臭いとは何や。」と反発しながら同事務所の応接セット付近へ後退した。そこで、小川警部補は、被告人に対し職務質問及びこれに伴う所持品検査をする必要性があると判断し、被告人に再三所持品の提示を求めたが、被告人は、落ち着かず、「小便したい。行かせてくれ。」と繰り返えして所持品を提示せず、同警部補が「シャブを持っているのと違うのか。」と問い質すと、被告人は「シャブとは何や。」と強く答えて緊張した状況となったため、同警部補が被告人に対し所持品の提示方を強く説得するため「ガサビラ(捜索差押許可状の意。)でガサするんやぞ。」と更に言い、伊藤巡査部長とこもごも「持物を全部出して見せろ。」と要求するや、被告人も遂に「勝手に見ろ。」と答え、所持品検査を渋々ながら承諾するに至った。

(5)  そこで、小川警部補が被告人のチョッキの両ポケットを、伊藤巡査部長がズボンのポケットをそれぞれ外から触れ、古谷巡査が背広上着を見せるよう申し向けると、被告人はそれまで手に持っていたのを肩から背にかけるようにして隠すので、古谷巡査が更に「一遍背広を見せて貰う。」と申し向けると、被告人は「おう、見い。」と背広上着をその近辺に放り出した。

(6)  そこで、古谷巡査はこれを拾い上げ、被告人に対し、「見るぞ。」と断わり、被告人がうなずくのをみて、在中物を点検し、左側内ポケット内から赤色皮製小物入れを取り出し、被告人の了解のもとに内容を検し、ポリエチレン袋入り白色結晶性粉末一七袋を発見し、伊藤巡査部長が、覚せい剤予試験をした結果陽性反応を認めたので、捜査官らは被告人を覚せい剤所持罪の現行犯人として逮捕し、その場で本件覚せい剤を差押えた。

以上の事実を認めることができる。

三  控訴趣意のうち(一)の部分について

ところで、警察官職務執行法二条一項に基づく職務質問及びこれに附随して行う所持品検査は、任意手段として許容されるもので、その目的、性格及び作用等にかんがみると、所持人の承諾のない場合でも、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、所持品検査の必要性、緊急性、これによって侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合がある(最高裁判所昭和五二年(あ)一四三五号昭和五三年六月二〇日第三小法廷判決参照)が、また、所持人の承諾を得たからといってもその許容される範囲にはおのずから限界があるのであり、特にその承諾を得るに至った経緯等からして違法不当な手段により承諾を得たものと認められる場合には、右手段の違法性・不当性の程度等をも含め、所持人の承諾のない場合について述べた前記諸般の事情をも考慮し具体的状況のもとで所持品検査が相当と認められるか否かを判断しなければならないと解される。

前記認定事実によれば、所持品を検査する必要性ないし緊急性は十分肯認し得るが、前示所持品検査は小川警部補らが所持品検査につき被告人の承諾が容易に得られずとみるや、ガサビラでガサするのであるから、所持物件全部を提示せよとの趣旨を申し向け、既に被告人に呈示してあった強制力を有する本件令状の効力により所持品の提示を求めているかのような態度をとったのは職務質問及びこれに附随する所持品検査に臨む際の言動として許容しえない違法なものであるばかりか、その結果被告人が渋々承諾したに乗じ捜査官において被告人の背広上着の左側内ポケットに手を入れて所持品を取り出したり等したうえ検査した行為は、実質的にみると、プライバシー侵害の程度の高い行為といわざるをえず、かつ、その態様において捜索に類するものであるから、このような本件具体的状況のもとにおいては全体的に判断して相当な行為とは認め難く、職務質問に附随する所持品検査の許容限度を逸脱したものというほかなく、これに引き続く現行犯人逮捕に伴い行われた覚せい剤の差押手続もまた違法と断ぜざるを得ない。

四  控訴趣意のうち(二)、(三)の部分について

証拠物は押収手続が違法であっても、物それ自体の性質、形状に変異をきたすことはなく、その存在・形状等に関する価値に変わりのないことなど証拠物の証拠としての性格からその押収手続に違法があるとして直ちにその証拠能力を否定することは真相の究明をいたずらにおろそかにすることになるから相当でなく、刑事手続における個人の人権を保障する憲法、刑事訴訟法の諸規定にかんがみると、証拠物の押収等の手続に憲法三五条及びこれを受ける刑事訴訟法二一八条一項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においてはじめてその証拠能力は否定される(最高裁判所昭和五一年(あ)第八六五号昭和五三年九月七日第一小法廷判決参照)ものと解するのが相当であって、これを本件についてみるに、前示の職務質問、所持品検査に際し、警察官らにその許容される限度を越える前記認定のとおりの所為があったにせよ、それは組事務所内の捜索と被告人が組員たる立場にある事情を斟酌しても、なお尋常の域をはるかに越える周章の態で所持品検査に応ぜず事務所外にいち早く逃走しようとし、それ以前から警察官において得ていた情報もあって法禁物の所持等を強く疑われる被告人に対し、所持物件の提示方を強く説得し続けているうち、勢い余って及んだ程度のものに過ぎないと断ずることができ、直接強制力を加えて捜索したものではないことはもとより、小川警部補らの主観的意図も、被告人がどうしても右説得に応じない場合には強制的にその身体の捜索をしようとすることにあったとは到底解されないのであるから、本件覚せい剤の押収手続には令状主義の精神を没却するような重大な違法はなく、従って本件覚せい剤や鑑定書等の証拠能力は否定さるべきでなく、まして言わんや、被告人、弁護人において異議がなく、一旦適法な証拠調べを完了したこれら証拠をその後に最終弁論中で申し立てられた弁護人の異議があるからとて直に排除したりなどすべきではない。

そうすると、右に説示したところと異なり原判示のとおりの理由により右各証拠の証拠能力を違法収集証拠として否定しこれを排除した原判決には訴訟手続の法令違反があり、右違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書の規定に従い当裁判所において更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、法定の除外事由がないのに、営利の目的で、昭和五四年一一月一五日午前一〇時ころ、福井市《番地省略》Aビル二階B企画ことB組事務所において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩粉末約一六・九三五グラムを所持していたものである。

(証拠の目標)《省略》

(事実認定に関する補足説明)

原審弁護人は、本件覚せい剤所持につき、被告人には営利の目的がなかった旨主張しているので、当裁判所の判断を説明する。

前掲各証拠によって認められる事実、すなわち被告人は前記罪となるべき事実記載の日時場所においてポリエチレン袋一七袋に約〇・六一一グラムないし約五・一五一グラムに小分けして合計約一六・九三五グラムの覚せい剤を所持していたものであるが、その所持の態様、重量並びに被告人は昭和五四年一一月初旬ころ福井市《番地省略》Eマンション二〇一号室の居室においてかねて同棲していたF子に対しパンティストッキングの風袋を見ながら同様の袋を棄てないよう申し付け、同女はこれを受けて母から貰った同ストッキング残り四足分のポリエチレン袋を同居室の寝台の戸棚等に保存しておいたものであるが、被告人の所持していた本件覚せい剤入りのポリエチレン袋は前記のそれと材質、厚さ、透明度、感触の点で酷似しているところからして、被告人自身が右Fの保存しておいたポリエチレン袋を利用して本件覚せい剤の包装用の小袋を作成しこれを小分けしていたものと推認されること、本件犯行により被告人が逮捕された当時その両腕部及び両手甲部には注射痕が見当らず、また、その尿からも鑑定の結果覚せい剤が顕出されなかったこと等からして被告人が自己使用目的のため所持していたとは考えられないこと、被告人は捜査段階において検察官に対し覚せい剤を密売することが儲るならそれを密売してみようという気持ちもあって本件覚せい剤を所持していたなどと供述しているうえに、原審第一回公判期日においても本件公訴事実を全面的に認めて自らは争わなかったものであり、少くとも右の限度においては信用性も十分窺れること等に徴すれば、被告人には本件覚せい剤を所持するにつき営利の目的があったとするに何ら妨げない。

《証拠判断省略》

(累犯前科)

被告人は昭和五三年三月一〇日東京地方裁判所で覚せい剤取締法違反の罪により懲役一年六月に処せられ、昭和五四年七月一日右刑の執行を受け終わったものであって、右事実は検察事務官作成の前科調書及び判決書謄本によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為は覚せい剤取締法四一条の二第二項(同四一条の二第一項一号、一四条一項)に該当するところ、被告人に対しては懲役刑のみを科することとし、前記前科があるので刑法五六条一項、五七条により同法一四条の制限内で再犯の加重をし、その加重した刑期の範囲内で被告人を懲役一年八月に処することとし、同法二一条を適用して原審未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入することとし、押収してあるポリ袋入りフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩一七袋は判示犯行に係るもので被告人の所有するものであるから覚せい剤取締法四一条の六本文によりこれらを没収することとし、原審及び当審訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書によりこれを被告人に負担させないこととする。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 辻下文雄 裁判官 石川哲男 阿部文洋)

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